「東十二丁目誌」註解覚書:百姓一揆

本誌の「第5章 近世」/「第12節 百姓騒動」 のテーマは百姓一揆。冒頭、東十二丁目に関係があると思われる百姓一揆、12件について発生年月、発生地、原因、方法、成否と参加人員の一覧表を掲げ、続いてその1件ごとに主に当時の文書から引用し、書下し文を載せています。

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藤之助別家の事 -宝暦・天明・天保三大飢饉を生きる-

石崎先生が収集・記録した東十二丁目の古文書は1,200件以上。その中の主なものは先生が解読済ですが、解読していない文書も多くあります。
その中から適当に、目録に「大木家文書 / 藤之助別家」とある文書を選び、解読、書下しを試みました。

総文字数850字ばかりの文書ですが、意外と興味深い内容でした。
この文書の本体は、大木家から別家(分家)(注1)した藤之助に分与された財産の目録なのですが、 [全文を読む]

「東十二丁目誌」註解覚書: 土蔵改め

本誌の「第5章 近世 / 第11節 土蔵御改の事」では天保の凶作、とりわけ土蔵改めの事を取上げています。しかし《…このような時勢の中で、天保4年と同7年の二度、土蔵改めが行われた。》とあるのみで、土蔵改めについての解説などはなく、古川孫左ェ門家文書から土蔵改めに関する天保4年と天保7年の書留を書き下して載せています。

土蔵改めとは何だったのか? [全文を読む]

「東十二丁目誌」註解覚書: 宝暦の大飢饉

本誌の「第5章 近世 / 第10節 村の凶作」に、

《…凶作の歴史を見ると、…徳川260年間に75回-約3年半に1回の減作が出ている。
この内元禄…、宝暦…、天明…、天保…は本県の大飢饉の発生した年で、其の都度餓疫死者万を超え、宝暦5年(1755)の大飢饉には餓死者9,594人、空家7,043軒を生じ、…天明の大飢饉には、…餓疫死者64,698人、空家10,545軒、他領逃散者3,330人、牛馬の餓疫死するもの2万を越え、…天保の時も5万人以上の餓疫死者があって、犬猫、鼠牛、馬人肉を食し…》 [全文を読む]

「大木家代々書留記」 拾い読み

「東十二丁目誌」の著者・石崎直治先生が調査・記録した「東十二丁目古文書目録」(1)には1,239件の古文書が載っていますが、そのうち543件が大木家文書であり、その中に「代々書留記」があります。
この史料は「花巻市史・資料篇(矢沢地区地方文書其之一)」(2)にその全解読文が収録されており、「凡例」の中で次のように紹介されています。

《「代々書留記」は、矢沢東十二丁目、大木直義氏所蔵のものである。大木家は屋号を「大木」といい部落の大本家である。この冊子は正保二年(1645)から天明五年(1785)までのこの地方の重要な事件を、年代を追って記録したものであり、検地、凶作、新田開発、神社などについての内容は好資料を提供するものである。》 [全文を読む]