東十二丁目の今:島バイパス開通

島バイパス26日開通 花巻北上線 幅員広げ歩道新設
   (岩手日日新聞Iwanichi Online (2020.3.23)より)
県が花巻市高木、東十二丁目地内で整備を進めている主要地方道花巻北上線「島バイパス」の延長2.98キロ区間は、26日午後2時に開通する。
幅員の狭い区間の解消と歩道を新設することで、安全で円滑な交通の確保が期待されている。

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東十二丁目落穂拾い:塚根の首斬り場

東十二丁目の歓喜寺の裏山は東崗(ひがしおか)公園と呼ばれています。この山の中腹までは車で登ることができますが、そこに小さな駐車場があって、車は行き止まり。この駐車場の脇に5基の石碑(上掲写真)があります。
今回はこの石碑にまつわるお話です。
5基の石碑は「馬頭観世音」2基、「尾崎供養」1基、「大乗妙典日本廻国」2基です。そしてこれらは「東十二丁目誌」(注1)に「位置:東崗公園(旧塚根)」とあります。

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飢饉と非人小屋 -天保5年 東十二丁目村の一件-

今回も「新川佐藤家文書」(注1)の中にある文書を見ていきます。この文書は天保の大飢饉(天保3年(1832)~9年)さなかの天保5年正月に「川口町 小屋頭 万兵衛」から「東十二丁目村 御役所、老名(おとな)(注2)衆中」へ出された願書です。

全文は次のとおりです。 続きを読む 飢饉と非人小屋 -天保5年 東十二丁目村の一件-

東十二丁目村 産物書上帳 享保二十年

「新川佐藤家文書」(注1)の中に「享保弐十年 東十弐丁目村 従公義御尋之産物相改書上申帳 卯 七月十八日」と「享保弐十年 従公義御尋之産物相改書上仕帳 東十二丁目村 卯 七月廿一日」と表紙に書かれた2冊の文書があります。

前者が享保20年(1735)当時の東十二丁目村知行地の産物(天然の動植物と鉱物、農作物を含む)を、後者は同村山林原野(藩直轄地)の産物を記録したものと思われます。(注2) 続きを読む 東十二丁目村 産物書上帳 享保二十年

照井氏と薬師館

(中村良幸著「中世城館調査報告一」(H28.3 花巻市文化財調査報告書第10集所収)より)

これまでに東十二丁目の照井氏と薬師館については何度か取上げてきました(注1)が、結局のところ「私にとって、「照井」は中世の東十二丁目、最大の謎です!!」ということで終っていました。ところが最近になって中村良幸氏(現・花巻市総合文化財センター所長)の「中世城館調査報告一」に私の疑問に応える見解が示されていることを知りましたので、ご紹介します。

  一、花巻市東十二丁目「薬師館続きを読む 照井氏と薬師館

藤之助別家の事 -宝暦・天明・天保三大飢饉を生きる-

石崎先生が収集・記録した東十二丁目の古文書は1,200件以上。その中の主なものは先生が解読済ですが、解読していない文書も多くあります。
その中から適当に、目録に「大木家文書 / 藤之助別家」とある文書を選び、解読、書下しを試みました。

総文字数850字ばかりの文書ですが、意外と興味深い内容でした。
この文書の本体は、大木家から別家(分家)(注1)した藤之助に分与された財産の目録なのですが、 続きを読む 藤之助別家の事 -宝暦・天明・天保三大飢饉を生きる-