高木用水・開田の記憶 – 新聞報道と記念碑から –

[岩手日報 大正四年五月十六日]
〇高木耕地整理通水式
稗貫郡矢沢村高木耕地整理組合通水式
は既報の如く昨十五日盛況裡に無事挙
行したり同日午前七時四十分大津知事
柿沼内務部長藤田勧業課長江越技師陣
警部一行は花巻駅に着するや直ちに馬
車を仕立てゝ [全文を読む]

箱庄・箱圭 – 高木耕地整理組合史外伝 –

第四代組合長 箱崎庄吉
菓子種(注1)の製造販売で財を築くと共に、公共事業にも力を尽くした実業家に箱崎庄吉がいる。
庄吉は慶応2年(1866) 花巻城下の鍛冶町の佐藤庄兵衛の四男として生まれた。明治18年(1885) 20歳のとき箱崎家の養子となり、同25年苦心の末、箱崎式選(?ママ)菓種機械を発明、菓子種の製造を始めた。
この商売は、大正3年(1914) 同業者を抜いて頭角を現わし、質の面でも価額の面においても他の追髄を許さなかった。 [全文を読む]

高木用水 ー蘇る楢山開田計画ー

(矢沢村誌編纂委員会編「矢沢村誌」(S29.3.31 稗貫郡矢沢村発行)より)

高木野福開田の歴史については、往時楢山氏の計画であったが、農民の反抗にあい中止したこと前述の如くである。(注1)
後明治40年10月佐藤松五郎、佐藤善、柳田大三、佐藤伝治、佐藤鶴蔵、滝田金太郎等相謀り、高木野福畑地を耕地整理施行法により之を遂行せんとして、岩手県農会に出願したが、直ちに八重樫技手、長岡技手を派遣され、その測量設計したけれども、未だ其機至らなかったか、数十人の者共夜に乗じて発起人の家に押寄せ、反抗され又中止せねばならなかつた。  [全文を読む]