(川路賢一郎著「シエラマドレの熱風」(2003.3.24 パコスジャパン)より)
契約移民募集
1897(明治30)年2月23日、草鹿砥(注1)は日墨拓殖会社から移民監督として「墨国事業担任ノ命令」を受けた。 出発は、…太平洋汽船会社との話し合いにより、桑港(サンフランシスコ)からサンベニトまでの船の乗り換えの都合上、既に3月24日と決まっていたため、僅かに29日間の日数しかなかった。
彼はこの限られた期間、早速郷里の三河(愛知県)に帰り、自分で、計画されていた38人の「移民」の募集にとりかかった。 しかし、集めたのは20人にすぎず、計画の人数には達しなかった。そこで、友人…に頼んで播磨(兵庫県)からようやく8人を集めた。それでも足りなかったため、自由移民として亮次郎ら、自費で渡航する者たち6人の同船を認め、ノルマを果したのである。
その結果、移民団は総勢35人となった。構成は、監督者・草鹿砥寅二のほか、契約移民(契約労働者)28人と、自分で渡航のための費用を工面した自由移民(独立移住者)6人である。… 続きを読む 亮次郎、自由移民として渡墨
カテゴリー: 人
明治新撰規矩的当図解
本書は専ら規矩的当図形(キクテキトズカタ)を画き、又算術にて其の理を解く事を示す(注1)。都(スベ)て規矩準縄は水平と縦水に勾配を引きて構成せる勾股玄(コウコゲン)に起れり。其の勾股玄は算盤(ソロバン)の三四五(サンシゴ)(注2)則ち曲尺(カネジャク)の起原なり。故に算術は方円平直に起り、方円平直は規矩準縄より起る。而て規矩準縄を以て為さざれば、真正の方円平直を求る事能(アタ)わず。 続きを読む 明治新撰規矩的当図解
棟梁 藤原金次郎
(石崎直治著・発行「東十二丁目誌」(H2.2.28)より)
天保7(1836)年3月10日東十二丁目村に生れ、大正8(1919)年11月10日84才の高令をもって病没。氏の著作を出版順に掲げると次の通りである。
・明治新撰規矩的当図解(注1) 全1冊 明治36年7月5日発行
・振墨一覧卒業 全1枚
・振墨鼻隠並投曲尺墨仕様 全1枚 以上2点、明治38年4月5日発行届出
・扇棰割計算及図法新案 全1枚 明治38年9月24日発行届出
・工学応用智恵鏡 全4枚 明治40年10月22日発行届出
・文明開化星繰合掛割早算 1組 明治42年11月17日発行届出
規矩的当図解は現代の数学家が見ても非常に勝れたもので、当時これだけのものを書き上げたことを絶讃しているし、星繰合掛割早算は今の計算尺と同じものらしい。

なお氏の経歴伝は歓喜寺にあり次のようである。 続きを読む 棟梁 藤原金次郎
亮次郎の少年時代
(川路賢一郎著「シエラマドレの熱風」(2003 パコスジャパン)より)
…照井亮次郎は1874(明治7)年6月10日、岩手県稗貫郡東十二丁目村で、父亮蔵、母マスの4人兄弟の第三子、次男として生まれた。兄弟姉妹として、姉・照、兄・敬三、妹・すぐ(寿久)がいる。[彼の生れた]「長根」[部落]は昔から北上川の洪水の被害を受けるところであったため、照井家の家屋は、二階建てであった。この辺りは米栽培を中心とした農業地帯であり、9月になると、稲がたわわに実り黄金の色が回りの風景を染める。また、養蚕のさかんな所でもあった。…
「稗貫郡矢澤村郷土教育資料」によると、少年時代の亮次郎は「幼少既ニ覇気ニ富ミ且活溌ナル個性ヲ有シタリキ」と記されている。
1880(明治13)年、彼は東十二丁目小袋(下等)小学校(明治20年…、高木村の高木尋常小学校と合併、後に島小学校となる)に入学した。… 続きを読む 亮次郎の少年時代
亮次郎の父・照井亮蔵
(川路賢一郎著「シエラマドレの熱風」(2003.3.24 パコスジャパン)より)
亮次郎の父・亮蔵は漢方医であり、矢沢村会議長になるなど、村の名士であった。素封家、いわゆる「金持ち」であったが、社会事業には金は惜しまず使ったという。「医師 照井亮蔵」について次のような記録がある。
「照井亮蔵は弘化元年12月3日、照井良作の長男として矢沢村東十二丁目に生まれた。亮蔵は小さいときから頭の良い子であったらしく、父の良作は平民の子は医者にするのがよいと思い、13才になった安政4年に、和賀郡轟木村に住んでいた高田了碩という漢方医に弟子入りをさせた,
1年10ヵ月間、了碩について医術を学んだ亮蔵は、安政6年3月に花巻村の嶋李蹊について医術を勉強したという。この間4年10ヵ月、計6年8ヵ月間修行した亮蔵が、開業できたのは元治元年の正月、20才のときであった。開業は東十二丁目である。 続きを読む 亮次郎の父・照井亮蔵
亮次郎年譜
「シエラマドレの熱風」の巻末に付いている年譜を基に、「亮次郎年譜」を作ってみました。
⇒ 亮次郎年譜
これだけでは彼の行動で見えないところがありますので、今後折を見て追補していきたいと思っています。
ところで「シエラマドレ」はSierra Madre でメキシコの山脈の名前、sierra:山脈、madre:母だそうです。
この山脈はメキシコの北西から南東に連なる大山脈で、延長2400km、標高は3000m以上に達するとのこと。北から南へ西シエラマドレ山脈、東シエラマドレ山脈、南シエラマドレ山脈が横たわっています。
(2014.5.4掲)
