「大木家代々書留記」 拾い読み

「東十二丁目誌」の著者・石崎直治先生が調査・記録した「東十二丁目古文書目録」(1)には1,239件の古文書が載っていますが、そのうち543件が大木家文書であり、その中に「代々書留記」があります。
この史料は「花巻市史・資料篇(矢沢地区地方文書其之一)」(2)にその全解読文が収録されており、「凡例」の中で次のように紹介されています。

《「代々書留記」は、矢沢東十二丁目、大木直義氏所蔵のものである。大木家は屋号を「大木」といい部落の大本家である。この冊子は正保二年(1645)から天明五年(1785)までのこの地方の重要な事件を、年代を追って記録したものであり、検地、凶作、新田開発、神社などについての内容は好資料を提供するものである。》 [全文を読む]

「東十二丁目誌」註解覚書 -検地と石高-

天保検地の行程
天保の検地の成り行きを、本誌と「高木村の歴史」(注1)をもとに追ってみます。

天保13年(1842) 安俵・高木通の検地 (~天保14年)
天保14年(1843) 8月、東十二丁目村・高木村等に検地の仰付(おおせつけ)あり
9月8日、勘定方による下調査が行われる
検地開始前、更木村永昌寺で肝入・古人の誓紙血判がなされる [全文を読む]

「東十二丁目誌」註解覚書 -近世東十二丁目村の基本データ-

「東十二丁目誌」の「第5章 近世」は120ページを占め、「第3章 古代」と「第4章 中世」の合計61ページに比べて多くのページが割かれています。
それでは、これで近世の東十二丁目村の様子が概ね分かるかと言えば、そう簡単ではありません。
例えば「人口」一つを取ってみても、本誌に直接の言及はありません。(注1) [全文を読む]

「東十二丁目誌」註解覚書 -近世概観-

昨年の年頭に「『東十二丁目誌』註解」を纏めてみようと思い立ち、これまでに「第1章 東十二丁目の地名」、「第2章 原始時代」、「第3章 古代」と「第4章 中世」を見てきました。
今年は昨年分の纏めを続けながら、「第5章 近世」と「第6章 むらの民俗」に進むつもりです。

第5章の構成は次のようになっています。 [全文を読む]