「東十二丁目誌」註解覚書:北上川新川に苦しむ

本誌「第5章 近世」の「第9節 洪水の苦難」と「第14節 村境論」では「新川文書」(注1)がしばしば引用されています。本稿では「新川文書」の中の「普請願帳」から洪水後の普請願上2件を書き下し文(注2)で紹介します。 [全文を読む]

異説「日高見国」拾い読み

(佐治芳彦(注7)著「『東日流(つがる)外三郡(そとさんぐん)誌』の原風景」(1987 新人物往来社)より)

日高見国の登場

「東夷の中、日高見国あり、其の国人、男女並に椎結(かみをあげ)、身を文(もとろ)げて、人となり勇悍(いさみたけ)し。是をすべて蝦夷と日(い)う。亦(また)土地(くに)沃壌(こ)えて曠(ひろ)し。撃ちて取るべし」
(『日本書紀』景行天皇二十七年二月紀武内宿禰奏言)

これが、いわゆる正史に日高見国(注1)の名が出てくる最初のケースである。 [全文を読む]

東歌・防人歌 -犬養孝を聴く-

私は4-50年前に東京から大阪に転勤になり、かの地で2年余りを過ごしました。仕事場は大阪の淀屋橋でしたが、住いは奈良・学園前の公団住宅。
奈良で聴いたせいもあってか、ラジオで放送された犬養孝(注1)が詠い、語る万葉集に夢中になったものです。犬養孝独特の詠唱と語り口が何とも言えませんでした。今改めて聞いてみるとそれ程でもないのですが。

残念ながら万葉集に北東北は出てこないようです。万葉集に現れる最北の地は今の宮城県遠田郡涌谷町黄金迫(東北本線小牛田駅東方)だとか。 [全文を読む]