本誌「第5章 近世」の「第9節 洪水の苦難」と「第14節 村境論」では「新川文書」(注1)がしばしば引用されています。本稿では「新川文書」の中の「普請願帳」から洪水後の普請願上2件を書き下し文(注2)で紹介します。 続きを読む 「東十二丁目誌」註解覚書:北上川新川に苦しむ
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「東十二丁目誌」註解覚書:新川普請と洪水の苦難
本稿では、本誌「第5章 近世」の「第8節 東十二丁目と新川普請」と「第9節 洪水の苦難」について、「新川」と「助合」に注目して考察する。

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(1) 「第8節 東十二丁目と新川普請」と「第9節 洪水の苦難」の要点
1) 奥州街道下欠込む
・花巻において新川というと、北上川の流れが花巻城本丸に突き当り崩れるため、正保(1644-1648)年中変流工事をはかったが水流れず、貞享(1684-1688)年中に至り第3回目の工事で小舟渡八幡社東へ流路の変更がなされ、漸く完成したことを指す。
・東十二丁目の新川はこれとは全く別のものである。参勤交代の行列が往来した松並木の街道(旧国道)では、北上川の流路が逐年西に転移したため、この街道下が欠込み、道路が西方に変曲した。この街道下の欠込みを止めるために新川が設けられたのである。 続きを読む 「東十二丁目誌」註解覚書:新川普請と洪水の苦難
「東十二丁目誌」註解覚書:幕末の開田計画 -楢山堰-

本誌「第5章 近世」の「第12節 百姓騒動」に「高木外二ヶ村の開田計画」と題する項がある。これは幕末に計画され、農民の反対で未完成に終わった楢山堰の建設について、主に「百姓騒動」の観点から記されたものである。
本稿では開田を計画した側の観点から考察してみたい。
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「東十二丁目誌」註解覚書:三ヶ村用水堰 -仁兵衛堰-
「東十二丁目誌」註解覚書:百姓一揆
「東十二丁目誌」註解覚書: 土蔵改め
本誌の「第5章 近世 / 第11節 土蔵御改の事」では天保の凶作、とりわけ土蔵改めの事を取上げています。しかし《…このような時勢の中で、天保4年と同7年の二度、土蔵改めが行われた。》とあるのみで、土蔵改めについての解説などはなく、古川孫左ェ門家文書から土蔵改めに関する天保4年と天保7年の書留を書き下して載せています。
土蔵改めとは何だったのか? 続きを読む 「東十二丁目誌」註解覚書: 土蔵改め