「花巻市史」と熊谷章一先生

花巻市立図書館の蔵書から「花巻市史」を検索すると60件以上もヒットし、困惑させられるが、これを整理・分類すると次の5種に大別できる。

(1) 熊谷章一著、花巻教委発行の「花巻市史」分冊版 (15冊)
①古代中世篇 (1965.3) 158㌻
②近世篇1 (1972.2) 249㌻
③近世篇2 (1974.2) 180㌻
④近代篇 (1968.9) 162㌻

⑤史蹟花巻城 (1969.9) 152㌻
⑥寺院篇 別篇2(1962.9) 153㌻
⑦神社篇 別篇1(1966.9) 204㌻
⑧文化財篇 (1972.12) 126㌻
⑨人物誌 (1979.3) 160㌻
⑩民俗篇 別篇3(1967.9) 146㌻
⑪郷土芸能篇 別篇4(1963.3) 153㌻

⑫年表史料 (1970.11) 165㌻
⑬資料篇1 (1975.4) 192㌻
⑭資料篇2 (1977.3) 163㌻

⑮歴史の道篇 (1981.6) 226㌻
 ・正確には、本篇に著者名は記されていない。熊谷先生と他の2氏との共著であり、先生が執筆したのは「第5章 往古の道」のみ。「花巻市史」における先生の絶筆となった。

(2) 市立図書館製本の合本版 (全2巻)
①花巻市史 一 年表史料・古代中世篇・近世篇一・近世篇二・近代篇 (1968.9)
②花巻市史 二 寺院篇・神社篇・郷土芸能篇・史蹟花巻城・民俗篇 (1967.9)
 ・市立図書館が分冊版を独自に合本・製本したもの。
 ・検索結果に表示される発行年月は、各巻集録最後の分冊のもので、あまり意味がない。

(3) 熊谷章一/花巻教委編著、花巻教委発行の合本版 (全4巻)
①花巻市史 第一巻 古代中世篇・近世篇一・近世篇二・近代篇 (1981)
②花巻市史 第二巻 史蹟花巻城篇・寺院篇・神社篇・文化財篇 (1981.9)
③花巻市史 第三巻 人物誌・民俗篇・郷土芸能篇 (1981)
④花巻市史 第四巻 年表史料篇・資料篇一・資料篇二 (1981)
 ・編著者を①②は熊谷章一、③④は花巻教委としている。
 ・(1)の分冊版を合本し4巻に纏めたもの。但し⑮は含まず。
 ・ページ番号も分冊版のままで、はしがき・あとがきの類もない。

(4) 花巻市教委編、国書刊行会発行の合本版 (全4巻)
①花巻市史 第一巻 (1981.9) 778㌻
②花巻市史 第二巻 (1981.9) 670㌻
③花巻市史 第三巻 (1981.9) 493㌻
④花巻市史 第四巻 (1981.9) 552㌻
 ・本文は(3)に同じ。ページ番号が各巻毎の通し番号になっている。
 ・巻頭言として中島教育長の「再刊にあたって」と題する一文が掲げられている。その中に「市史の執筆者熊谷章一氏(故人)も喜んでおられるものと思う。同氏に心から感謝の意を表したい。」とある。

(5) 花巻教委発行の資料篇 (35冊)
①花巻市史 資料・管轄地誌編 (1982.3)
②花巻市史 資料篇〔3−1~7〕花巻城代日誌 1~7 (1983.3~1989.3)
③花巻市史 資料篇〔4−1~2〕矢沢地区地方文書 1~2 (1991.3~1992.3)
④花巻市史 資料編〔5−1~2〕諸御用早見日記 1~2 (1993.3~1994.3)
⑤花巻市史 資料編〔6〕和賀稗貫両家記録 (1995.3)
⑥花巻市史 資料篇〔7−1~23〕御次留書帳 1~23 (1997.3~2020.3)
 ・(4)の刊行後、ほぼ年1冊のペースで資料編が発行されている。

熊谷章一先生のこと

熊谷章一先生
(昭和35年(1960)
花巻北高第7回卒業アルバムより)


(1) 略歴

昭和2年(1927) 花巻町上町に生れる
昭和20年(1945)3月 県立花巻中学校(現・花巻北高)卒業
  国学院大学入学、折口信夫に師事、卒論「近世の庶民生活」
  国学院大学文学部史学科卒業
  ・研究室に残ることを希望していたが、父が亡くなり帰郷
・岩手日報の短編小説懸賞募集に応募するも入選できず、小説家になる夢も断念
昭和25年(1949)9月 ~36年3月、県立花巻北高教諭
昭和32年(1957)4月 ~48年3月、花巻市文化財調査委員
昭和36年(1961)4月 ~44年3月、県立盛岡二高教諭
昭和44年(1969)4月 ~48年3月、県立一戸高教諭
昭和48年(1973)3月 ~55年8月、花巻市文化財調査委員会委員
昭和48年(1973)4月 ~49年3月、県教委主任学芸員
昭和49年(1974)4月 ~52年3月、県立博物館建設準備事務所室長補佐兼学芸員
昭和52年(1977)4月 ~55年3月、県立博物館建設事務所学芸課長
昭和55年(1980)4月 ~55年8月、県立博物館建設事務所企画普及課長
昭和55年(1980)4月 ~55年8月、県文化財保護審議会委員
昭和55年(1980)8月 死去(直腸がん再発)、享年52
  ・死の前日、中学生の一人息子に電話で「里見八犬伝を読みなさい」と言ったという。
昭和55年(1980)11月 花巻市市政功労者として表彰される
昭和56年(1981)3月 「花巻史談第6号 熊谷章一氏追悼号」(花巻史談会) 発行
平成8年(1996)8月 「一鳴驚人 熊谷章一遺稿・追悼集」発行(発行人:実弟・熊谷雄好)

(2) 著書一覧
 (「花巻市史」関係を除く、「花巻史談 第6号 熊谷章一氏追悼号」より抜粋)

書  名 発行年月
(昭和)
発行者 ㌻数
花巻の歴史 33.8 花巻市中央新報社 141
花巻市の文化財(第1集) [共著] 34.3 花巻市教委 94
岩手の総合開発 [共著] 34.8 岩手県高校長協会 109
花巻市の文化財(第2集) [共著] 35.3 花巻市教委 128
花巻市の文化財(第3集) [共著] 36.3 花巻市教委 101
北松斎と花巻 36.4 雄山寺 6
花巻のあゆみ 37.9 岩手観光宣伝KK 71
花巻城
北松斎と展示会目録
37.9 花巻市教委 13
笹間八幡宮 38.8 笹間八幡宮 11
花巻の先哲 38.10 花巻病院 76
豊沢川農業水利史 39.9 豊沢川土地改良区 150
わたしたちの花巻 [共著] 41.3 花巻市教委 96
白樺七十年史 [共著] 43.3 盛岡二高 212
花巻公民館のあゆみ 46.1 花巻公民館 51
一戸高校60年史 46.10 一戸高校 170
花巻市上町の歴史 47.7 上町商業協同組合 150
花巻人形 [共著] 50.8 郷土文化研究会 205
花巻城趾保存調査書 54.2 花巻市 60
写真集 明治・大正・昭和 花巻 55.5 図書刊行会 164

(3) エピソード
「花巻史談 第6号 熊谷章一氏追悼号」所収の佐藤昭孝氏(当時花巻市教委社会教育課長、「高木村の歴史」の著者)の追悼文より:

…郷土資料の情報をつかめば直ちに連絡し、市内各地の旧家をはじめ、遠くは十和田市の新渡戸家等を訪れたが、良い資料は仲々見当るものではなく、無駄歩きも幾回かはあった。
しかし、調査は根気が大切だと言って悪い顔一つせぬ先生であった。

先生と一しょに調査したものの一つに明和年中(1764年頃)の花巻郡代小向才右ェ門一族の資料調査のため伊藤家に案内したことがある。小向家再興の人である小向才二郎宛の慶長19年(1614)の南部利直黒印状や、小向四郎右ェ門宛の百姓小高帳の黒印状など、多くの貴重な資料に出逢ったことがある。伊藤家の協力により数回調査を行なったが、先生は今後これだけの資料に逢うことは、生涯のうちでもそう何回もあるものではないと言われ、喜々として調査したその瞳の輝きは今もって忘れることができない。

それからもう一つどうしても忘れることのできない思い出に、昭和49年11月2日から3日間にわたり、市文化財収蔵庫で市主催の交化財展を開催した時のことである。この年は、先生の強い意向もあり、市内の薯名な仏像を中心とした文化財展を行なった。市指定文化財である地蔵菩薩座像、大日如来座像(2点)、聖徳太子立像等10数点の外、色々の郷土の彫刻資料等を展示したが、この会場に先生は次の様な文をかかげられた。

《さいきん、古寺を探ねる人が多いという。老僧一人、枯葉をたくという古寺も、ところによっては観光客の整理に忙しいという。
一体、このようなことはよいことであろうか。
仏教が長い間、日本人の魂の、そして心の糧となってきたことは事実である。しかし、最近、こうした魂の糧を捨てつつあるようにも思われてならない。
しかし、もしわれわれの文化的使命が、単に外国の文化を移入するだけでなく、新しい文化をつくることにあるならば、長い伝統のある文化遣産のなかから、未来の文化をつくる原理をさぐり出さねばならない。
仏像を通じてその魂の吟味を試みるべきである。
ここにならべられた仏像の姿に、感謝と報恩と、そして祈りの気持を期待してやまないものである。》…

「花巻市史」と花巻市
(1) 「花巻市史」の顕著な特徴
は、その編纂が熊谷章一先生お一人に託され、しかも先生の急逝で未完に終ったことである。ここいら辺の事情を、先生の絶筆となった「花巻市史 [歴史の道篇]」の跋文に当時の教育長が記しているので、引用する。

《市史は範囲を特定できる史書と異なり、記述項目は実に多岐にわたる。また市の正史であるから歴史事象の見解に体系、整合性が重んじられるので、市史は多くの調査と複数の執筆者を含む市史編纂室或は編纂委員会といった組織体のもとで、綜合的な考察、検討を経た上の編纂であるべきは当然で、花巻市史も例外ではない。
しかし花巻市の誕生は昭和29年であったから、市史編纂計画の第1期はまず資料の収集、順行して各基礎篇をシリーズに刊行と決まったのは昭和35年である。以来、花巻市史―昭和37~53年度までの14冊―はすべて、故熊谷章一氏の著述である。
故人は史家として抽(ぬ)きんでており、余人の追随を許さぬ学識の持主で花巻市民でもあったから、先任の発行者は同氏に著述を委託し続けてきた。
第2期も同様で、私も発行者として恂(まこと)に適任者と大いに意を安んじて委託し、刊行も順調であったが故人は昭和53年健康を害され、昭和55年8月13日逝去された。シリーズ刊行の峠も越え、本格的な市史編纂に向う時期の到来も、そう遠くはないと思われる折に、中心となるべき人材を失なったことは市史編纂にとって一大痛恨事である。…》

《本格的な市史編纂に向う時期》を間近に控えて先生は逝去されたが、その後も編纂委員会等が組織されることはなかった。

(2) 大花巻市へ
「花巻市史」が執筆された時代と比べ、現在の花巻市の領域は大きく拡大した。
・昭和29年(1954)4月 稗貫郡花巻町、湯本村、湯口村、矢沢村、太田村、宮野目村が合併し、(旧)花巻市が誕生。その後間もなく成田(北上市の一部)と笹間村を編入。
・平成18年(2006)1月 (旧)花巻市、稗貫郡石鳥谷町、大迫町、和賀郡東和町が合併し、新たな花巻市となる。

石鳥谷町、大迫町、東和町の3町にはそれぞれ次のような「町史」がある。

石鳥谷町
①「石鳥谷町史 上巻」(町史編纂委員会編、1979.3 石鳥谷町発行) 1,561㌻
②「石鳥谷町史 下巻」(同委編、1981同町発行) 1,356㌻
③「石鳥谷町史資料 その1~8」(196?~1971 町教委発行) 合計 879㌻

大迫町(町史編纂委員会編、大迫町発行)
①「大迫町史 行政編」(1986.11) 1,046㌻
②「大迫町史 産業編」(1985.3) 923㌻
③「大迫町史 交通編」(1979.3) 708㌻
④「大迫町史 教育・文化編」(1983.3) 836㌻
⑤「大迫町史 民俗資料編」(1983.12) 891㌻
⑥「大迫町史編纂のあゆみ」(1987.1) 12㌻

東和町 (町史編纂委員会編、東和町発行)
①東和町史 上巻 (1974.12) 1,382㌻
②東和町史 下巻 (1978.3) 1,320㌻
③東和町史 民俗篇 (1979.11) 725㌻

これら旧3町の「町史」を見るにつけ、「花巻市史」が未完に終ったのが残念でならない。

(2020.8.9掲)