「東十二丁目誌」(注1)の「第7章 近代」、「第17節 事変の発端から戦争終結まで」に「従軍者名簿から」と題して大東亜戦争(注2)の戦没者と生存帰還者の氏名等が掲げられています。
この「従軍者名簿」は、「島従軍記録調査の会」が昭和58年(1983)年9月に調査を開始し、59年7月に本編を、そして60年3月に追補編を完成したものです。
本書の著者・石崎先生がこの会の代表として、この調査を主導されました。
本稿では本書に掲載された従軍者名簿を分析してみます。 続きを読む 「東十二丁目誌」註解覚書:東十二丁目の大東亜戦争
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「東十二丁目誌」註解覚書:近代概観
「東十二丁目誌」(注1)の「第7章 近代」と「第8章 産業の発達」を、「東十二丁目」と「矢沢村」に留意しつつ概観してみる。第7章(全81ページ)は明治維新から太平洋戦争の終結までを扱っているが、第8章(全23ページ)は藩政時代から昭和までを対象にしている。
第7章 近 代
第1節 明治国家の確立から軍部支配の体制へ (概説)
・本節では近代をごく短く要約している。
・「東十二丁目」や「矢沢村」への言及はない。
第2節 近代年表
・この年表には、慶応3年(1867)の大政奉還・王政復古から昭和20年(1945)の太平洋戦争終結までの45件が載っている。
・その内、東十二丁目に直接関係する事項は14件である。 続きを読む 「東十二丁目誌」註解覚書:近代概観
カスリン・アイオン台風と瀬川の切替え -北山愛郎町長の仕事-
(北山郁子著「ドウリズムの政治 -北山愛郎的デモクラシー-」(2010.8.15 同人発行)より )

(在任期間:1947~1952)
カスリン台風 町長(注1)就任から4ヵ月後の1947年9月15日、花巻の町はカスリン台風(注2)による水害に見舞われました。
日本の台風の災害史にその名をとどめるカスリン台風は、9月8日マリアナ諸島の東方洋上に発生し、…15日の午後6時頃伊豆半島の南方を通過し、房総半島をかすめて16日には三陸沖から北東に去って行きました。 続きを読む カスリン・アイオン台風と瀬川の切替え -北山愛郎町長の仕事-
飢饉と非人小屋 -天保5年 東十二丁目村の一件-
今回も「新川佐藤家文書」(注1)の中にある文書を見ていきます。この文書は天保の大飢饉(天保3年(1832)~9年)さなかの天保5年正月に「川口町 小屋頭 万兵衛」から「東十二丁目村 御役所、老名(おとな)(注2)衆中」へ出された願書です。
全文は次のとおりです。 続きを読む 飢饉と非人小屋 -天保5年 東十二丁目村の一件-
東十二丁目村 産物書上帳 享保二十年
「新川佐藤家文書」(注1)の中に「享保弐十年 東十弐丁目村 従公義御尋之産物相改書上申帳 卯 七月十八日」と「享保弐十年 従公義御尋之産物相改書上仕帳 東十二丁目村 卯 七月廿一日」と表紙に書かれた2冊の文書があります。
前者が享保20年(1735)当時の東十二丁目村知行地の産物(天然の動植物と鉱物、農作物を含む)を、後者は同村山林原野(藩直轄地)の産物を記録したものと思われます。(注2) 続きを読む 東十二丁目村 産物書上帳 享保二十年
照井氏と薬師館
(中村良幸著「中世城館調査報告一」(H28.3 花巻市文化財調査報告書第10集所収)より)
これまでに東十二丁目の照井氏と薬師館については何度か取上げてきました(注1)が、結局のところ「私にとって、「照井」は中世の東十二丁目、最大の謎です!!」ということで終っていました。ところが最近になって中村良幸氏(現・花巻市総合文化財センター所長)の「中世城館調査報告一」に私の疑問に応える見解が示されていることを知りましたので、ご紹介します。
一、花巻市東十二丁目「薬師館」 続きを読む 照井氏と薬師館